ミタンニのお勉強をしましょう( ..)φメモメモ

マリヤンヌ 馬に引かせた軽戦車で戦うための専門的
訓練を受けた戦士層。
メソポタミア北部からシリア北部を中心に
広く前2千年期後半の古代オリエント世界に見られる。
その語源については、インド・ヨーロッパ語とされるが
近年ではフリ語でsるとする説もある。
メソポタミア北部からシリア北部を中心に、広く前2千年期
後半の古代オリエント世界に見られる。
ミタンニでは装備は自弁であったが、国家より様々な給付を
受けたと考えられる。
ハニガルバト フリ人の居住したメソポタミア北部からシリア北部地域
また、この地域を支配したミタンニ王国の別称ともなり
主にアッシリアの文書で用いられた。
ミタンニ王国崩壊後には、その系統を引くと思われる
小王国の名となった。
アッシリア王アダド・ネラリ1世はハニガルバトを屈服させ
さらに首都タイドゥを破壊した。
(ヒッタイトの援助を得ようとして失敗したらしい。)
その後、シャルマネセル1世は本来のハニガルバト王を
廃してアッシリア人代官を置き、ハニガルバト王の称号を
与えた。
ワシュカンニ メソポタミア北部のハブル川流域にあったと考えられる
都市でミタンニ王国の首都であった。
テル・ファハリヤにあたるとも言われるが、その正確な
位置は不明である。
前2千年期中葉にはミタンニ王国の首都であったが、
ミタンニ内紛に介入したヒッタイト王シュッピルリウマ1世に
よって、占領された。
前13世紀にはウシュニカと呼ばれ、ハニガルバトの主要
都市のひとつであったが、アッシリア王アダド・ネラリ1世に
よって破壊された。
フリ人 前2千年期のメソポタミアを中心に活動し、ミタンニ王国を
築いた民族。
フリ人の呼称はシリアやアナトリアで用いられ
メソポタミアでは『スバルトゥ』とも呼ばれた。
スバルトゥは本来、北メソポタミアおよび、その周辺山地を
さすことから、彼等の祖先がその地域に居住していたことが
考えられる。
フリ語の人名は前3千年紀末のアッカド王朝時代や
ウル第3王朝時代メソポタミアの粘土板文書にすでに見られるが
前2千年期中葉までにはシリアやアナトリアなどにも広がった。
その一部はミタンニ王国を形成し、エジプトやヒッタイト王国と
並ぶ大国になった。
メソポタミア北部のヌジやシリア北部のアララハ出土の
粘土板文書からは、フリ人が独特な社会を持っていたことが知られている。
彼等の文化や宗教はシリアやアナトリアの諸民族に強い影響を
与えたが、とりわけヒッタイト王国で顕著である。
フリ語は膠着語タイプの言語でこれと近縁の言語としては
前1千年紀のウラルトゥ語がある。
ギル・ヘパ ミタンニ王トシュラッタの妹。エジプト王アメンヘテプ3世に嫁いだ。