タムムズはバビロニアとアッシリアの「母なる女神」イシュタルの息子で、しかも夫なのですが、
ある時死んでしまいます。

タムムズを失ったイシュタルは悲しみ 、タムムズを復活させるために不老不死の
「命の水」を求めて下界へ降りていくのです。

不死のイシュタルが天から地をのぞくと、地の上に自らの影を見、水の中に自らの似姿を見ました。

自然は、天界の女神が地上に下るのを見ると彼女を愛し、愛する彼女に絡みつき両者は混じり合いました 。

このため地に降りたイシュタルは 、枯れて死すべき肉体を自らの外側にまとうことになりました。

翼を広げ地に降りたイシュタルは、深淵をのぞき込みました。
双子の姉エレシュキガルの住まう アルルは、「後戻りのならぬ場所」でした。
そこには光はなく、ただ暗闇が続くばかりです。
イシュタルは勇気を出し、深淵を下ります。」


やがて第一の門が現れました。
門にはほこりがたまり番人たちは鳥のように羽毛でおおわれていました。
この門を通りすぎる時、イシュタルは感覚を手に入れ、地上においてバランスや増減を知る能力を得たのでしたが、
代わりに偉大な王冠を渡さねばなりませんでした。

再び暗闇の中をイシュタルは進みます。
次に第二の門を通り過ぎるときイシュタルは策謀、欺き、奸計をおよぼす知力を得ましたが、
代わりに太陽と月の輝きを放つイアリングを門番に奪われました。

またイシュタルは暗闇を進みます。
第三の門を通りすぎるときは、情欲と情熱を知ることとなりましたが、深い海の底で生まれた真珠のネックレスを失います。

イシュタルは一番大事なものが何なのか少しづつ忘れるようになりました。

また第四の門が現れました。
この門を通って野心というものを受け取りました。
この第四の門の門番は、彼女の胸飾りを要求しました。

第五の門でイシュタルは無分別とより地上的な大胆さを受け取り、門番に腰帯をとられました。

第六の門では蓄財と富裕を受け取り、門番に手足の腕輪をとられました。

第七の門では偽りと邪悪な陰謀がイシュタルを染め、たった一枚残ったマントが門番に取り去られる。

天界の女神イシュタルは、深く重く闇に沈んでゆくばかり。
かっての地上の豊饒神は光を失い、地上の植物は実ることなく、あらゆる生命は熟する機会を失った。


種々の花からなる冠が、彼女の頭のその崇高な頂にあった。
冠の中央、額のすぐ上には鏡のようななめらかな珠、白く輝く光があった。

あらゆる種類の花と果実から作られた冠は、波打つ深い黒色のマントのはしに結びつけられていた。

そのロープには輝く星が散りばめられ、星の中央には満月が光を放っていた。
彼女の片耳には月、もう片方には太陽があり、この二つがすべての自然物の能動者と受動者、
父性原理と母性原理を示していた。

彼女自身は月であり、月は自ら光を持たず、その光や力を太陽から受け入れていることを意味していた。

第四の門番にイシュタルは胸飾りを奪われましたが、彼女の上半身を取り巻く帯には多くの神秘的な象徴があった。
帯は体の前で四角形の金の板で結ばれてた。
金の板は四つの要素(生命、光、熱、力)であり、それが万物を生成することを意味した。

この帯には強い力を放つ多くの星が見られ、明るいところにも暗いところにも、
マントの主人が力を持っていることを表したが、いまやイシュタルは力を失った。

アルルの門を一つ通り抜けるたびに、地上的物質的なものを一つ受け取り、代わりに霊的なものを一つ失った。

最後の門を通ったとき、イシュタルは物質的なものに満たされ、神としての本質、霊的な法則をまったく忘れてしまった。


煙のような蒸気を生む神秘的で水のような物質が渦を巻いていた。
空気は聞きとれないほどのうめき声とため息に満たされたが、それは闇に飲み込まれた光から来ているように思われた。

かって地上の豊饒神だったイシュタルは、もともと光そのものだ。
1滴づつでもコップに水がたまるように、ある時イシュタルのコップから光が溢れた。
突然にか、あるいは徐々にであったかもしれないが、漆黒のアルルに光が生まれた。

神としての本質、霊的な法則をすべて忘れ去ったはずのイシュタルは、
時間の留まったなかにあって蒸気に満ち、すべての自然物を養い、大気からの滋養である水分を与えてそれらを潤した。

イシュタルがいなくなった地上では、作物は実らず、動物も子供を産まなかった天上界で、神々は大騒ぎ。
アルルの女王のもとに使者が送られ、エレシュキガルはイシュタルの釈放を認めた。


小さなイシュタルは第七の門でロープを取り戻した。

偽りと邪悪な陰謀は逃げていった。
また暗闇を歩いて第六の門で手足の腕輪を受け取った。

物質的な蓄財と富裕は消え、イシュタルは元々の万物の所有者となった。

第五の門では腰帯を受け取った。
彼女は分別と繊細な優しさを取り戻した。

第四の門で胸飾りを受け取り、野心は砂糖菓子のように溶けていった。

再び歩きつづけ第三の門で、深い海の底で生まれた真珠のネックレスを受け取った。

心に居座った情欲と情熱という感情は、正しい理性に変わった。

第二の門、そこでイシュタルは太陽と月のイヤリングを取り戻した。
策謀、欺き、奸計を及ぼす知力は、正しい智慧と変わった。

最後の門では、偉大な王冠を取り戻した。
種々の花や果実で出来た王冠は、枯れて死んでいたように見えたが、イシュタルが手にすると花は咲き、
見事な果実がたわわに実って現れた

実在界は地上に反映し、その瞬間神々も地上のすべてが、イシュタルが復活したことを知った。


今や、深淵を抜けんとする天と地の境界を出て、イシュタルは深淵を振り返る。

彼女は首飾りを手にするとそれをバラバラにし、天と深淵にむかって投げつけた。

天にむかったイシュタルの珠は、元々の元素である水となって空に大きな虹をえがいた。

深淵にむかった珠は、イシュタルの分身となった。
珠の一つ一つに光の性質と、自然と混じり合って得た万物を生み出す力を持っていた。
イシュタルの珠は、深淵に散らばり、アルルの女王エレシュキガルがイシュタルの子らを受け止めた。

「イシュタル、わが妹よ。お前からの贈り物をいただこう。
お前は王冠を取り戻し、太陽と月の耳飾りを取り戻し、ネックレスを取り戻し、
胸飾りを取り戻し、腰帯を取り戻し、手足の腕輪を取り戻し、その身を覆うマントを取り戻したが、
この界がお前を染めたものを お前は持ち続けることになるだろう。
お前はわがアルルで自由という果実を手に入れたのだ。
お前は善なるものにも悪なるものにもなれる自由を手に入れた。
お前は今から両極のバランスの上を歩まねばならない。
神々でさえ、肉体を持ったときには危険と隣り合わせになるだろう」





エレシュキガルの声が低く、アルルの界を流れた。

エレシュキガルはアルルの女王。
エレシュキガルの支配するアルルの暗闇は、今我々が知る闇とは違う闇だ。進化の存在から逸脱した闇、
進化から遅れた存在がとどまっている闇だ。

地上で植物の種子が光の方向に芽を伸ばし、暗い地中に根を伸ばすように、
神は光の力のなかに闇の力を織り込め≠ニ命ぜられた。
地に降りた光の存在に手を触れたアルルの王子にも、何事かその身に起きつつあった。


暗闇の中を流れ星がいくつもの線を描いて落ちるのを見た、一人の乙女がいました。
乙女は時間が流れる川に身を横たえ、希望というものを忘れていたが、突然心に不思議な感覚が芽生えるのを感じた。



ある日、フンババを退治しウルクに戻ったギルガメシュの美しさを、イシュタルは見た。

イシュタルがエアンナ( 天から下されし尊き宮居、 大いなる神々が豪壮に造り給いしもの。
 その市壁は雲居かと見紛うばかりに聳え立つ)の守護女神だった頃、バビロンの南にある町キシュの
王エンメバラゲシにさらわれ、ギルガメシュとエンキドゥが救い出したことがあった。

エンメバラゲシは怒り、息子のアガは、ウルクの王ギルガメシュに使節を送った。
キシュの守護女神イシュタルを返さなば、キシュはウルクを攻撃するであろう。

さもなくばウルクが屈服し、その住民がキシュのために強制労働につくよう要求したのだ。


ンメバラゲシの息子アガの使者達は、キシュからエレヒのギルガメシュの許へ向かった。
ウルクの王ギルガメシュは、町の長老達に質問し、言葉を求めた。

『我々はキシュに屈服してはならない。
我々は武器を取って立ち上がろう』

集まった町の長老達は、不安げにギルガメシュに答える。

『キシュ家に屈服することにしよう、我々は武器を取ってはならない』
クラブ(ウルクの一地区)の王者ギルガメシュ、女神イシュタルを救った英雄ギルガメシュは、
町の長老達のこの言葉に納得しない。
クラブの王者ギルガメシュは、町の戦士達に質問し、答を求めた。

『我々はキシュ家に屈服してはならない。
我々は武器を取って立ち上がろう』集まった町の戦士達は、ギルガメシュに答えた。

クラブの王者ギルガメシュは、町の戦士達の言葉に喜び、
勇気を奮い起こした。
激しい戦いがあった。
しかしウルクにはギルガメシュがいる。
ギルガメシュには友エンキドゥがいる。
どうしてウルクがキシュに敗れようか。
強者キシュ家は戦い破れ、無念の涙を飲んだのだ。


彼は汚れた髪を洗い、箙(えびら)を清めた。

束ねた髪を背の上に振りかざした。
彼は汚れた服を投げ棄て、清い服を身につけた。
上着をまとい、腰帯を締めた。
ギルガメシュは彼の冠をかぶった。
ギルガメシュの美しさに女君イシュタルは眼をみはった。

『さあ、来て下さい、ギルガメシュ、 あなたは夫になるべきお方。
 あなたの果実をわが贈り物としておくれ。
 あなたが夫に、わたしがあなたの妻になるのです。
 わたしはラピス・ラズリと金で、あなたの乗り物を飾りましょう。
 その車輪が金、その角がエルメシュ石の乗り物を贈りましょう。
 あなたは風神らを偉大な騾馬としてそれにつなぐのです。
 香柏の香りに包まれてわが神殿にお入りなさい。
 あなたがわが神殿に入るとき、高貴な浄めの祭司らはあなたの御足に接吻しましょう。
 諸王、貴族、諸侯らは、あなたの下にひれ伏しましょう。
 山岳のルルブ人たちと国人たちはあなたに貢ぎ物を献げましょう。
 あなたの山羊は三つ子を、あなたの羊は双子を生みましょう。
 荷を負うあなたの仔驢馬は騾馬にもまさり、乗り物を引くあなたの馬は堂々と駆けめぐりましょう。
 軛につながれたあなたの牛に並ぶものはないでしょう』

ギルガメシュは、口を開いて女君イシュタルに言う。

「わたしはあなたに何を差し上げて、 あなたを娶るというのでしょう。
 身体に塗る香油と着物を差し上げましょうか。
 糧食と空腹を満たすものを差し上げましょうか。
 神々にふさわしい食べ物を差し上げましょうか。
 王にふさわしい飲み物を差し上げましょうか。
 黒曜石を金で張り、ラピスラズリで飾った履き物を差し上げましょうか。
 わたしはもう上着を着てしまっているのです。
 それで、どうしてあなたを娶り得ましょうか。」

・・わたしがあなたを娶ったら、一体どうなるのだろう。
あなたは体を温めない、解けた氷。
風や埃をさえぎれない壊れた扉。
その蓋のない壺の口縁部、それを担ぐ者を汚すアスファルト。
それを担ぐ者を濡らす革袋。 
敵陣から投げつけられた破壊鎚。
通りを行く者の足を噛む履き物。
あなたの連れ合いの誰が長く続いたのだろう。  

ギルガメシュは、これまで女君イシュタルの恋人となった者達の運命を数えたてた。

青春の恋人タムムズに対して、あなたは毎年涙を流す。
あなたは色鮮やかなアラル鳥を愛したが、その鳥を叩き羽根を引きちぎってしまった。
彼は森の中に佇み、カッピーと叫んだ。
あなたは力の完全なライオンを愛したが、彼のため七頭に七つの穴を掘り、落とし穴を掘った。
【日々、努力を怠ってはならぬと戒めたのだ】

あなたはまた戦闘において活躍する馬を愛したが、馬には鞭と拍車と殴打をくれて
七ベール(1ベールは10キロ)
駆け抜くことを定め、濁して水を飲むことを定めた。

【馬は人間にとって特別な存在だ。
それだけの能力を持っているから出し切れと教えたのだ】

それから牧人を愛したが、彼をオオカミに変えてしまった。
【わたしに向き合うということは、自分の本当の姿を知ることになるのだ】

それから自分の父親の椰子園で働く庭師イシュランを愛した。
彼は籠にいっぱい、ナツメ椰子の実を詰めて、毎日あなたの食卓へ運んだ。
けれども、その彼をもカエルに変えてしまった。
【不平不満の愚痴こそ、わたしの一番嫌いなことだ。
思いが実現するのがこの世の真実なのだ。
自分に値する姿になっただけのことだ】

そんなあなたが、わたしをどうするおつもりか?
わたしに対するあなたの愛も、
どうせそのようなものであろう!

イシュタルの顔が青ざめた。

ああ、ギルガメシュ。
わたしが愛を与えるにふさわしい男に、やっと出会えたと思うたに、
わたしの前世まで持ち出して責めるというのか!

嵐のように怒り、イシュタルは天に駆け上る。
イシュタルは父神アヌの前で泣いた。
「父よ、天牛を作って下さい。
 それがギルガメシュを打ち倒すように。
 もしあなたが天牛をお与え下さらないならわたしがギルガメシュを打ち倒します。
 わたしは冥界に顔を向け、死者たちを上らせ、彼らに生者を喰わせます。
 死者のほうを生者よりも増やします」
 イシュタルは父親のアヌ神を脅した。

困惑したアヌ神が訊ねる。
「あの男はお前の何だというのだ」

「ギルガメシュこそ男の中の男、わたしがこれぞと見込んだ男。
 わたしは過去をも未来をも見通す力を持っている。
 そのわたしが言ったことだ。
 ギルガメシュこそ夫となるべき男だと。
 なのにあの男はわたしの心を踏みにじった。この恥辱、許しておけようか!」
イシュタルはわが身をかきむしった。

やっと父を説き伏せたイシュタルは、天の牛の手綱を手にウルクへ入った。

ウルクの街は大騒ぎだ。
ギルガメシュとエンキドゥに使いが飛び、二人の勇者は駆けつけた。

ユーフラテス川のほとりで天の牛が鼻息を吹き出すと、
地面に深い割れ目ができ、ウルクの若者が百人、ついで二百人、そして三百人と落ちていった。

天の牛がふたたび鼻息を吹き出すと、もうひとつの割れ目が口を開け、
またもウルクの若者が、百人、二百人、三百人と落ちていった。

 天の牛が三度目の鼻息を吹き出すと、こんどもひとつの割れ目が口を開け、エンキドゥが腰まで落ちた。

けれどもエンキドゥは飛び上がり、天の牛の角をしっかとつかまえる。
天の牛はエンキドゥの顔に向かって涎を吐きかけ、その太い尾で自分の糞をはね飛ばした。

エンキドゥは、天牛を追い回す。
そしてその太い尾をつかんだ。

「友よ、さあ、天の牛の首筋、角、眉間にあなたの剣を突き刺すのだ」

ギルガメシュは、家畜を屠る人のように力強く、首筋、角、眉間に彼の剣を刺し通した。
天牛は地響きをあげて大地に倒れ、その騒音が天にまで届いた。

彼らは天牛を撃ち殺した後に、その心臓をつかみだしシャマシュの前にそれを置いた。
彼らは遠く離れ、シャマシュの前にひれ伏した。
二人は兄弟として腰を下ろした。

イシュタルは、羊を囲う街ウルクの城壁に駆け上り、くぼみに跳び入り、呪詛を投げかけた。

「ああ、わたしを侮辱したギルガメシュが天の牛を殺した!」

エンキドゥはイシュタルのこの言葉を聞き、天の牛の腿を引き裂いて彼女の肩に投げつけた。

「お前も征伐してやろう。これと同じように、お前にもしてやろう。
そのはらわたをお前の脇にぶら下げてやろう」

イシュタルは髷女たちを集めた。
娼婦たち、聖娼たちを。
彼女たちは天牛の腿の前で嘆きの儀式を行った。
天の父アヌとイギギの神々が、この有様をご覧になれるように・・・と。
女たちの嘆きの声は、たしかに届いた。

エンキドゥは、その夜不吉な夢をみる。


ギルガメシュとエンキドゥは、力を合わせイシュタルの天牛を打ち殺した。

通りで仕え女たちが褒めそやす。
「人々のなかで、誰が最も素晴らしいか。男達のなかで、誰が最も立派であるか」

国の民らが唱和する。

「人々のなかで、ギルガメシュこそ最も素晴らしい。男達のなかで、ギルガメシュこそ最も立派である」

ギルガメシュとエンキドゥ、二人は遠く離れて座った。
二人はシャマシュの前にひれ伏した。
エンキドゥは兄弟として腰を下ろした。

二人は眠って、そして明るくなったとき、エンキドゥは語りはじめた。

「おおわが兄弟よ、わたしは昨夜なんという夢を見たのだろう。
 アヌ、エンリル、エアそして天なるシャマシュが集まっていた。
 エアがエンリルにこう言っていた。
『彼らは天の牛を殺してしまった。
 そしてまた、香柏の森の万人フンババを殺してしまった』
 するとアヌが言った。
『二人のうちの一方が死ななければならない』
 エンリルがこう答えた。
『エンキドゥが死なねばならぬ。ギルガメシュは死んではならぬ』
天の太陽神シャマシュがエンリルに話していた。

『彼らは天牛とフンババをお前の命令で殺したのではなかったのか。
 それなのに罪のないエンキドゥが死なねばならぬというのか』
 エンリルは天の太陽神シャマシュに腹を立てた。
『お前が彼の仲間のように、毎日彼らと共に行くからだ』と」

エンキドゥは起きあがれず、横になったままだ。
「わが兄弟よ。お前は私にとってかけがえのない兄弟だ。
 彼らはわたしを、わが兄弟のために再び起きあがらせない。
 わたしは死霊のもとに座るだろう。
 わたしは死霊の敷居を越えるだろう。
 そしてかけがえのない兄弟を、この目でもう見ることはあるまい」

ギルガメシュは友の言葉を聞きその目から涙があふれた。

エンキドゥは病んでいた。
彼は孤独で、一人で横たわっていた。
「友よ、わが夜の夢のすべてはこうだった。
 天は叫び、地は応えた。
 その狭間にわたしは立っていた。
 一人の男がいて、その顔を暗くしたがその顔はアンズーのそれと瓜二つだった。
 その手はライオンの手、その爪は鷲の爪。

 彼はわたしの束ね髪を掴み、わたしをこわばらせた。
 わたしが彼を撃つと、彼は飛び縄のように跳び退いだ。
 今度は、彼がわたしを撃ち、わたしを押し倒した。
 彼は野牛のようにわたしを踏みつけわたしの体をつよく締めつけた。
 『友よ、助けてくれ』と叫んだがあなたは怖れて、わたしを助けてはくれなかった。

 彼はわたしを撃ち、鳩に変えてしまった。
 わたしの腕は鳥のように羽ばたいた。
 彼はわたしを捕らえ、イルカラの住まい、暗黒の家に引いていった。
 そこに入ったものが出ることのない家にそこに踏み込んだら戻れない道に
 そこに住むものが光を奪われる家に。

 そこでは塵が彼らの糧食、粘土が食べ物なのだ。
 彼らは鳥のように翼の衣を身に纏い光を見ることなく、暗闇に暮らしている。
 わたしが入った塵の家の扉の上に、わたしは見た。数々の王冠が伏せられてあるのを。
 わたしは聞いた、王冠をかぶる者たち、昔から国を支配した者たち
 アヌとエンリルに焼いた肉を捧げ、供物を捧げ、絶えず冷たい革袋の水を飲ませた者たちの声を。

 わたしが入った家にエヌ祭司とラガル祭司が座しイシップ祭司とルマッフ祭司が座し
 偉大なる神々のグド・アプス祭司たちが座していた。
 エタナが座し、スムカンが座し冥界の女王エレシュキガルが座し
 冥界の書記ベーレト・ツェーリが彼女の前にひざまづき書板を持って、彼女の前でそれを読み上げていた。
 彼女は頭を上げ、わたしを見つめて言った。
 「誰がこの人物をつかまえたのか」と。

 友よ。
 わたしはあなたと共にあらゆる困難な道を歩んだ。
 わたしを死後も思い起こし、忘れないでくれ。
 わたしがあなたと共に歩み続けたことを」

彼が夢を見たまさにその日、彼の力は終わりを告げた。
エンキドゥは横たわる。一日、二日とエンキドゥは彼の寝台に横たわる。
三日、四日と、彼は寝台に横たわる。
五、六、七日と、八、九、一〇日と、寝台に横たわる。

ギルガメシュは、花嫁のように友の顔を覆い、鷲のように友の周りを旋回し
その仔を奪われた牝ライオンのように、前に後ろに慌てふためく。
悪鬼のように髪をかきむしり、祭服を引き裂き投げ捨てる。


友よ。 
われらは力を合わせて、山に登った。
天牛をつかまえ、これを打ち倒した。
香柏の森の強者、フンババをも滅ぼした。
ところが今、あなたを捕らえたこの眠りは何だ。
あなたは闇になり、もはや私の言葉は届かない。
もはやあなたは頭をあげない。
あなたの心臓に触れても、いっさい脈打たない。

男たちよ、わたしに聞け、わたしに聞け。
長老たちよ、わたしに聞け。
わたしは我が友エンキドゥのために泣く。
泣き女のように泣き叫ぶ。
わが傍らの斧、わが脇の援け、わが帯の大太刀、顔面の盾、わが良き支え、
わが祭服、わが充溢の腰帯よ。
悪しき霊が、これをわたしから取り去ってしまった。
ギルガメシュの嘆きの声は止むことがない。


 朝の太陽が、薄く輝き始めたとき、ギルガメシュは国中に呼びかけた。
鍛冶工よ、銅細工人よ、銀細工人よ、彫刻師よ
わが友の像を造れ。
その友の四肢は象牙
その友の目はサファイヤ
その友の胸はラピスラズリ
その本体は金である。

お前のため、ウルクの人々を泣かせ、
お前のため涙を流させよう。
誇り高い人々をお前のため悲しみで満たそう。
わたしはお前の死後、動物の毛皮をまとって荒野をさまようだろう。

ギルガメシュは、愛する友のため、手厚い葬儀を執り行った。
充分な副葬品を死者に添え、シャマシュに示した。
象眼されたエラマック材の卓子を取り出し、紅玉随の器に密を満たし
ラピス・ラズリの器にバターを満たした。
彼は卓子を飾りシャマシュに示した。

 ギルガメシュは、彼の友エンキドゥのために泣き、荒野をさまよった。
われらは力を合わせて、山に登った。
われらは天牛を捕らえて、これを撃ち倒した。
香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺した。
わたしが愛し、労苦を共にした友エンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。
六日七晩と、わたしは彼のために泣いた。
蛆虫が彼の鼻の穴から落ちこぼれるまで。
わたしも死ぬのか。
エンキドゥのようではない、と言えるのか。
悲嘆が我が胸に押し寄せる。
わたしは死を怖れ、荒野をさまよう。      
(月本昭男訳)

ウバラ・トゥトゥの息子、ウトナピシュティム。
ウトナピシュティムは「生命を見た者」と知られている。
ウトナピシュティムへの道はどこか。
ウトナピシュティムに会って、
死と生の秘密を聞き出すのだ。
荒野をさまよい歩いていたギルガメシュは、再び歩き始めた。