アナトリアのあの地域には
原住民のプロトヒッタイト/侵入者のヒッタイト人/ルゥイ族/アッシリア商人と
まだまだ、民族も混沌としていたようです。
a by-roadの物語にちょこっとでてきます。
もっと掘り下げて、研究している本がたくさんあるようですが
まぁ、大雑把にこんなところで。
そいでもってヒッタイトは本当に鉄を作り出した民族なのか?
といった疑問には、こんな人がからんでいます。
| アッシリア商人居留地時代 |
移住してきたといわれている。 最初から統一国家が成立していたわけではない。 ヒッタイト以前のアナトリアには原住民が既に、暮らしていて、(プロトヒッタイト) ヒッタイトは彼らを征服、駆逐したが、国家としては形をなしてはいなかった。 それまでは、小領国が乱立していた。 この時、高度な文化を伴ってやってきたのが、東南のメソポタミア方向から やってきたアッシリア商人たちであり、考古学では彼らの影響を強く受けたこの時代をアッシリア商人居留地時代と呼ぶ。 |
メソポタミア文明の地からやってきた彼らは古代中近東世界に広く交易網を広げ 経済的にも文化的にもきわめてゆたかであった 。 彼らがアナトリアにやってきたのは金・銀・銅・黒曜石といった豊富な資源を求めてのことだ。 メソポタミアは原油の一種である瀝青(アスファルト)以外はほとんど鉱物物資を持たず、 交易によって他地域から運び込むしかなかったのだった。 |
アッシリア商人たちは数十人単位でやってきて数箇所場所を選んで居留区(カールム)をつくり そこに住み、(大型の日干し煉瓦を使って建てられた2階建て住居や大富豪のイメージ通りの広大な邸宅もある。) 暮らしながら、青銅器製造に必要な錫や、織物飾品などと引き換えにこの地の資源を買い集めていった。 カールムは街の中心から、少し離れたところにあり、先住民を刺激せず、うまく共存し、そのうち、交じり合い 民族の流れに渾然一体となった。 |
その後のヒッタイトは、彼らの影響を受け、いちいち真似をしたようだ。 日常的な諸技術、ろくろを使った土器製作、金属装飾品の加工、文字、すべて彼らから もたらされたものだ。 |
カールムは9箇所あったことがわかっている。 現在確定されているのは、カネシュ(キュルテペ)本拠地ではないかと言うほど大規模。 ハットウシャ(ポアズキョイ)アジェムホユック、コンヤ・カラホユック、アリシャルフユック、カマン |
カールムの下にはワパルトゥムと呼ばれる、会社の支店のような、地方営業所があり、こうした支店網を使って収集を うまくおこなっていた。 居留区を置く際にも、その土地の支配者に税金のようなものを収め、争うことなくおさまっていた。 |
だが アッシリア商人は、姿を消す。 ヒッタイトに残る5度の火災跡の一つにアッシリア層とヒッタイト層の間に焼土層がみつかっており 大きな火災をもって、アッシリア時代は終わった。 |
さて、この今の石油王達の先祖を思わせるようなアッシリア商人達ですが、 カマン・カレホユック遺跡のアッシリア商人居留地時代 この地層から出土した世界最古の鋼「ヒッタイト帝国時代(紀元前14−12世紀)を起源とする人類の鉄生産の 定説を覆す発見。」と騒がれた。 分析の決め手は、鉄と炭素が結び付いた鋼特有の組織。 電子線マイクロアナライザーで千倍に拡大したところ、セメンタイトと呼ばれる細い繊維を確認し、 鋼であることが分かった。 出てきた鉄片は2点で、幅はいずれも約1センチ、長さは約1〜2センチ。 紀元前18世紀の建物跡から1994年に出土したもので、蛍光エックス線分析によって明らかになった 炭素の含有量(0・1〜0・3%)からも、鋼であることが裏付けられた。 これで世界最古とされてきたヒッタイト帝国時代の鋼を約500年ほど遡ってしまった訳です。 ク〜ッ・・ 頑張れ!ヒッタイト・・・(笑) |
アッシリア商人がどういう形で鉄生産技術を獲得し、技術をヒッタイトに伝え その影響を受けたヒッタイト帝国がどう広めたのか? 待てよ・・ 鉄(鋼)の造り方を知っていたのは、ヒッタイトよりアッシリアのほうが先だった? アッシリア商人を滅ぼしたのは、ヒッタイト。 その目的は、製鉄法にあったのかも。 受け継いだのが、プロトヒッタイトだったりする? アッシリア商人が、ヒッタイトにカールムを造って買っていたのは、鉄鉱石・・ ヒッタイトは鉄鉱石を含め、鉱物資源の宝庫。 ヒッタイトって、自分達の文化を持たない民族。 吸収し、統合しながら生きていくんだよね。 日本人と似てる? いや、やっぱり宇宙からきた民族だったのかもしれない。 宇宙から・・きても自分達の国へ還れなかった・・・ しばし・・妄想・・ 宇宙人だったら、自分達の文明を捨てるしか そこで生き残ることはできないもん。 |
なぜに鉱石などを製錬すると銅や鉄などが精製されることを人類が知ったのか? ということは、かなり謎に満ちているわけです ・・・ |
ヒッタイトが滅亡して、それまで、ヒッタイトに庇護されて細々と生き残っていたアッシリアは、 ヒッタイトの技術を引き継いだそうです。 逆輸入したってことか・・ |
カイセリの郊外にある「キュルテペ遺跡」 広大なヒマワリ畑と牛の大群の向こうにあるそうです(笑) |
参考文献
ヒッタイト帝国 消えた古代民族の謎
アナトリア発掘記
2006/8/6