勿忘草が謡いだす







永久(とわ)の願い、聞こえるのは誰の声?
切ないのは、私の心
泣いているのは、きっと貴方よ

こんなに近くに貴方がいるのに、幻影に手を重ねる
触れ合っているのに、空気を掴んでる
まるで童話の王子様に恋してるのね

雨と大地、雲と空、私と貴方

切り離す事の出来ない関係
けれど、平行線を辿るように
決して交わらない運命(さだめ)だと知っている

だから、こんなにも雨は激しく、大地は潤い、雲は泳ぎ、空は蒼く
私は微笑み、貴方は手を広げた

虹の麓(ふもと)も知らず
雲の行きつく場所はない
貴方の腕に飛び込む勇気さえ
今の私には消えゆく蝋燭の灯火のよう

(きっと、また…)















「ヘリオポリスが…!!」



宇宙へ投げ出されたルサファとユーリの乗る機体の
モニターから映る光景に愕然とした

こんな事が実際に目の前で起きる日がくるなんて
想像さえしていなかった昨日の自分が情けなく思える

破壊されたヘリオポリス

あたしはさっきまであそこにいた
あの場所で過ごしてきたのに、今はもう過去の事

何で中立国のコロニーに地球軍がいるの?

技術協力をしていたコロニーを
どうしてそんなに簡単に破壊出来てしまうのか…

戦争は、打算で動いてゆく
多分、あのコロニーは地球軍から見放された

それでなくても、秘密裏に機体や戦艦を製造していたのだから
証拠が残るからコロニーを破壊したのかもしれない



「住民はっ…」

「恐らく、ポットで非難しているかと思いますが…」



詳細は分からない

あのコロニーに誰も残っていない
なんて、断言は出来るはずもなくて
確かめたくても
今は破壊されて不安定なコロニーに近づくのは危険

それに、一緒に搭乗しているルサファは怪我をしていて
ヘリオポリスの人を救出どころか
彼を助けて欲しいくらいだ

出血は酷くて、今の衝撃でもっと溢れている

機内の無重力状態に赤い球体がふよふよと浮き
早く処置をしなければ、幾らコーディネーターとはいえ
危ない状況にある事は確かで
ユーリは辛そうに呼気をする彼のヘルメットを取る

パイロットスーツは改良されていて
戦闘中に受ける衝撃を和らげてくれる働きがある

ヘルメットだって、万が一、真空の宇宙に放り出された時に
数分間は呼吸が出来るようにと装着を義務付けられているけど
今の彼にはそれは逆効果で、息を吸ったり吐いたりするだけでも
傷口に響くのか、辛そうに顔を歪めている

ヘルメットを外すと、少し息苦しいのもマシになったのか
薄っすらと痛みに耐えるためにキツく瞑っていた瞳を開けた

額に滲む汗が、彼の痛みを伝えてくるようで
ユーリは持っていたバックからハンカチを取り出し、優しく拭う



「これから、どうするの?」

「とりあえず、母艦に帰らないと…」

「あたしは?」

「コーディネーターであるなら、邪険にはしないでしょう。
保護されると思います」

「そっか…」



喋るのも苦しいはずなのに
彼はあたしを安心させるように笑みを作る

口調だって崩さないし、軍人さんって凄いね
痛いのに、痛いって言わない

あたしにはそんな事無理だよ

だって、いっつも屁理屈ばっか言うだけで
実際に行動になんて起こせない

こんな戦争間違ってるって思ってたのに
実際に戦争を目にしても出来る事なんてなんにもなかった

やっぱり、お姉ちゃんの言う通り
あたしって我侭だったんだね、世間知らずだったのかな?



「あれは…」

「何?どうしたの?」

「……」

「もしかして、あれが母艦?」



ユーリは渋った表情を見せるルサファにつられ
画面に目をやる

すると、光が見えた
あちらこちらで何かが光る

あれは…戦争だ

ミサイルが当たったのか、爆発して散るオレンジの光り
戦艦から放たれるビーム
地球軍の主力であるMAと、ザフトのMSが好戦している



「ルサファはザフトなんだよね?」

「……っ」



あたしの目から見ても分かる
今、ザフトが数で圧倒的不利なのが

だって、戦艦の数が五倍だし
ヘリオポリスで製造していた新鋭艦も後方で援護するようにして
ザフトの二隻を攻撃している

地球軍の艦から出てくるMAの数も目では数え切れない

倒しても倒しても次から次へと出動されるMAの数に
ザフトのMSも手一杯と言う感じに見える



「あれは…隊長!?」

「え?」

「そんなに状況は悪いのかっ」



突然、ルサファは目を大きく見開くと
あたしの声なんて届いてないのか、声を張り上げている

これは…
軍人としてのルサファなんだろう

横顔が、急に変わった



「早く…」



無意識にユーリの口から言葉が零れた

きっと、ルサファは助けにはいかない
彼は軍人だから、今ある義務をやり通す

あたしと言う民間人を抱えてる限り
ルサファはどんなに助けに行きたくても行かない

ううん、行けないんだ

怪我をしてるとか
痛みで気を失いそうだとか
そんな理由で仲間や同胞の危機に駆けつけないような人じゃない

そんな事はこの短時間で彼の人柄を見れば分かる

ルサファはあたしにザフトのエースパイロットだと自己紹介した
自分の負傷で戦えないなんて事、きっとプライドが許さないはず…

だとしたら、ルサファが今あの中に飛び込んでいかないのは
この機体にあたしが乗ってるからって事でしょ?

戦争なんて知らない平和の中にいたあたしを
自分達の勝手ないざこざに巻き込むような非道な人間じゃないから
だから、ルサファはキツく唇を噛み締めてる



「早く行って!仲間なんでしょ?助けないと!」

「……っ」

「それにあたしはもう覚悟が出来てる
 さっきも言ったでしょ?この状況をどうにかしなきゃ
 私もコーディネーターなんだよ?地球軍に保護なんか頼めない」



ルサファが帰る艦がなくなったら
幾らMSとは言えエネルギーだって切れる

保護して貰う場所は今そこで戦争を繰り広げてる地球軍の艦で
ルサファはザフト軍だからもちろん、私だって
コーディネーターなのだから
スパイ容疑だの、いちゃもん付けられて
保護なんて生易しい体制はとってくれない



「人が死んだり、殺されたり、殺したり…
 正直そんな場面初めてだけど、今はそんな事言ってる場合じゃないよ!
 ルサファは助けたいの!?助けたくないの!?」

「助けに行きたいです、出来れば」



怪我を負っていようと、足手まといで的にしかなれなくても
最後の最後まで、あの方の手足となり
戦場で死のうと決めたときから



「なら、こんな所でグズグズしてないで、さっさと行くよ!」



言い終わるか終わらないくらいか…
ユーリはルサファが座る椅子の後ろから手を伸ばし
レバーを引いて機体を動かした

グンっ…と重力を感じ、後ろに倒れそうになったが
ユーリは椅子に後ろからしがみつくようにして
絶対離れてやるもんか!と意気込んだ

それぐらい意気込んでやらないと
この先の光景に自分が耐えられるか分からない

正直、人が死ぬところなんて見たことなんてないし
戦争なんて、テレビのニュースの惨劇でしか知らない

実際に生身の人間が血を流すわけじゃなくても
あの機体やMA(モビルアーマー)には人が乗ってる

ドクン、ドクン、と鼓動がやけに大きく聞こえる
まるで心臓の側に耳があるみたいだ



「最後に確認します…
 本当にいいんですか?」

「女は一度言ったことを覆さないの!
 そりゃ、嘘はつくけどね…度胸なら男よりあるんだから!」

「分かりました、耐えられなかったら目を瞑って下さい」

「うん」



耐えられなかったら戦線を離脱するので、言って下さい
とは、ルサファは言わなかった

どんなに辛くても
あたしは叫んだりして、ルサファの邪魔をしちゃいけない

そのせいで攻撃されて、あたしもルサファを死んだんじゃ
死んでも死に切れないもん

大丈夫、あたしはコーディネーターだもんね

いっつも、そうやって何でも言い聞かしてきた

エイミやお姉ちゃんだけが学校の先生に褒められても
あたしはコーディネーターだから出来て当たり前で

あたしが怪我をしても、コーディネーターだから痛くないでしょ?
って言われることもあった

骨が折れたら痛いし、擦り剥いたら、やっぱり痛いに決まってる
けど、あたしは「うん、大丈夫」って言ってやった

ここまできたら、もう意地でしかないのは分かってる

MSのOSを書き換えたり、爆発してる建物の中から無事に生きているのも
やっぱりコーディネーターだからだし
差別を作るのは、人の意識からなんて、ずっと前から知ってる


(多分、きっと、明日には戻れない)


何も知らずに平和で生きることは、もう出来ない
知っていても、何も出来ずにいた自分を許すことも

あたしの人生は今日から変わる

まるで生まれ変わってみたいに
百八十度回転したみたいに
白が黒になってみたいに変わってく


(ごめんね、ママ、パパ)


あたしはやっぱりコーディネーターだから
きっと昨日まで居た場所じゃ、息が詰まっちゃうんだよ

ママに、何でコーディネーターに生んだのかなんて
もう聞かない

だって、聞いても意味ないって気付いてたから

理由が分かったからって、あたしはナチュラルになれる訳じゃない

あたしは、生まれてきてから死ぬまで
コーディネーターとして生きていくしか道はないもん

――…ガ、ガガッ…

通信を開こうとしているらしいが
戦闘時で通信回線が開きにくいのか、音が飛んでる

やっと繋がったのか
先程まで怪我の為に苦しそうに話していたのをガラリと換え
キビキビと軍人らしい口調でルサファが会話を進めるのを
ユーリは椅子の後ろから顔を出して聞いていた



「隊長!ムルシリ隊長!」

『…その声は、ルサファか!?』



戦死と聞いていた人物の声に半信半疑ながらも
その人は声を荒げた

こちらの認識コードがないために
声だけの通信で、画面通信は出来てなく
ルサファが隊長と呼ぶ人の驚いた顔は想像する他ない

若い男性の声

隊長というから、もっと年配の人かと思ってたのに…

でも、前線に出てきちゃうくらいだもんね
若くなかったら、そんな無茶はしないか…



『奪取時に戦死したと聞いたが、大丈夫か?』

「腹部に軽症を負ってますが、問題ありません
 直ぐに応戦に入ります、指示を下さい」



軽症なんて、嘘ばっかり!

銃で撃たれて
今には出血多量で気絶しそうな怪我を軽症とは言わないよ!

ユーリはそう叫びたかったが
軍独特の上下関係が回線から聞こえる中
さすがに突然出て意見するなんて真似は出来なかった



『ビユックカレにジンの用意をさせる』

「いえ、時間がありません
 この機体で戦闘する許可を下さい」

『奪取してきた機体でか?
 それは碌にOSが組まれていないはずだが…?』



げっ…
確かにナチュラルのOSってお粗末だなぁ…
なんて思ったけど、そこまで酷かったんだ?

MSのOSなんて滅多に見れるもんじゃないから
最初はこんなもんなのかな?って思いながら書き換えちゃった

でも、これって民間人の戦闘行為に当てはまるのかな?
テロと一緒だから、銃殺刑だっけ?

バレたら…、やっぱり、ヤバいよね…?



「……、私が書き換えました」

『わかった、許可する』



冷や汗を掻いてるユーリを知ってか知らずか
ルサファは少し思案しながら、そう答えた

通信相手の隊長も、今は非常事態の為に深くは追求して来ない

心の中で、ルサファはお礼を言いながら
この後のルサファに出される指示を待つ



『エネルギー残量と、装備は?』

「機体のエネルギーはまだあります
 装備はビームライフルです」

『カッシュを中心に最前線で艦隊を潰しにかかってる
 それの援護を頼む』

「は!了解!」

『艦についたら直ぐに救護班を待機させる
 あまり無理はするな』

「……はい」



どうやら、相手の隊長さんには
ルサファが軽症じゃない傷を負っていて
それでも、強がりでプライド高く、仲間を見捨てられないという性格を
良く把握しているようだった

艦で治療を受けろといったところで大人しくしてるはずもなく
命令を無視してでも、戦闘に望む事を見通していた

隊長になるくらいだから、一癖二癖ある人格なんだろうなぁ…
なんて事思ってたけど、甘かったよね

喋ってる口調や雰囲気から
どっちかって言うと、気位の高い貴族みたいな感じだったけど
やっぱり戦争の渦に呑まれた人だ



「衝撃がくると思うので、常に構えてて下さい」

「大丈夫、しがみ付いてるから」



回線を切ると、ルサファは最後にそう確認した

あたしが頷いてみせると、少し困ったように笑ったけど
それも一瞬で軍人のルサファに戻った

その横顔を見ながら
これから起こる光景をあたしは一生忘れちゃいけないんだって
何度も何度も自分に言い聞かせて
目を逸らさないように、現実から逃げないように
ここでも一人、孤独な戦いを繰り広げた

明日には戻れないから…