勿忘草が謡いだす





傷ついても忘れられない愛情
明日へ一歩進むのなら
それは全て昨日へ置いていかなくちゃ
裸足のまま駆け出したあの日
とても胸がドキドキして、はしゃいだのを覚えている

朝明けに照らされた貴方の横顔
声にならない激情、零れる強い涙
どうか独りで泣かないで
私も傍にいるからと
貴方の耳元で囁いたのを覚えているかな?

いつか、きっと、また
あの日出会った頃のように引き合って
巡り合うから、待っていて
だって、独りじゃあの暗くて寂しい明日を迎えられない
明日が見えない

何度も、何回も
ずっとずっと繰り返しちゃう愛だから
私は忘れられないまま
胸の奥に疼いているこの痛みとともに
一歩、寂しい夜明けを待つのかな…

(もう直ぐ傍に…)















「ねぇ…」

「何ですか?」

「ザフトの軍人って、皆敬語で話すの?」

「いえ…自分のは癖ですから」

「そうなんだ、あたしなんて滅多に敬語なんて使うことないよ」



ユーリがシートの後ろからルサファへと話かける

それは痛みによって段々と意識が掠れて行くルサファにとっては
有難いことだった

僅かでも痛みから意識を遠ざけることが出来る

それでなくても、MSの揺れはパイロットスーツを着ていても
怪我人であるルサファには優しくない

微かなエンジンの揺れが体に響いて傷口を圧迫しているようにも感じる



「このまま、ザフト艦へと向かいますが…」

「ザフト艦?…って、あのコロニーの外にある二隻の?」

「はい、そうですが……何故それを?」

「あっ」



しまった…!と言う顔をユーリは作った

まさかザフトがハッキングで書き換えた映像を
その上から再びハックしたなんて言えるはずがない

たらりと冷や汗を掻くユーリにルサファは尚も答えを待つ

仕方なく何か言い訳を取り繕う



「さっきMSを起動させた時に調べたの」

「あ、あぁ…そうですか」



軍人の感で、ユーリのそれが嘘であるとルサファには分っていたが
命の恩人でもある彼女にこれ以上の追求はしなかった

したとしても、彼女は頑なに訳を話そうとしないだろう

意思の強そうな瞳から
何処と無くそれを感じてルサファは何も言わずにMSの操縦に集中する

上からみるヘリオポリスの姿はユーリには新鮮なものではなかったが
まさか、いつも見る映像管理プログラムからではなく
MSから見ることになろうとは想像もしてなかった

小さく見えるラボ
モルゲンレーテの工場でさえ、小さく見える

上に見える偽りの空の方が至近距離にある状態

既にヘリオポリスの民間脱出ポットのシャトルは全て射発されていて
本国のオーブ、または宇宙空間にあるオーブ領のコロニーに救助されるはず

だから、エイミもお姉ちゃんも大丈夫だと信じている

それにお母さんとお父さんはモルゲンレーテでも偉い部署に勤めていたから
きっと良い待遇が期待できる

心配はさせているだろうけど、そんなにくよくよ考えたってしかたないもん

成せばなるって昔の人は良く言ったもんだ
この状況だって、多少災難かもしれないけど、最悪じゃない

そう考えると少し気持ちが楽になり、一つ深呼吸をした



「あれ?これって何かな?」

「え?」



画面に表示された熱源反応にルサファよりもユーリが先に気付いた

赤く点滅しているマークの詳細を表示させると
あまり思わしくない状況に事態は急変せざる得ない



「これはっ……」

「え、何?どうしたの?」

「…地球軍の新鋭艦です、今見つかったら見逃してくれそうもないですね」

「えっ…あなたたちはこれを破壊しにきたんじゃなかったの!?」



だから、どうしてそんな情報を貴方が知っているんですか?
と、ルサファは問いたくなるのを喉のところで押し留めた

あまり迂闊なことを言って
追求しなくてはならない場面を作らないでくれと心から願う

それでなくても、本来軍人として理由を聞かなくてはならない立場なのに…



「見つかる前に早く親艦に言った方がいいんじゃないの?」

「そうですね…」



だけど、運が悪いことに出口をあの艦から発射されたMAが見張っている

あのMAと戦う道もないわけではなかったが
自分の今の怪我の状況で戦闘に堪えられるかどうか…

そして、もし艦の方で自分が作戦中に殉死したと認識されていたら
奪取した四機のMSを本国に届ける為に
もうこの領域を離脱していてもおかしくない

ザフトの認識コードのないこのMSから応援を呼ぶのは難しい
だが、自分とともにこのMSを向こう側に奪われる訳にはいかない

最終手段としては、自爆と言う二文字が浮かんできたが
それも今の状況では難しい

後ろに民間人を乗せている軍人の立場上
彼女を撒き込む訳にはいかなかった



「戦闘出来る装備もないみたいだね…」

「くそっ…」



ルサファがどうにか脱出する方法はないかと
このMSの装備を確認していくが
ナイフ一つとエネルギーが直ぐに切れそうなビームだけ

絶望的とも言える

それにいつまでも身を隠してはいられない
どちらにせよ、ここにいることがバレるのも時間の問題



「応戦するしか道はないのかな?」

「えぇ…ですが、貴方も戦争に撒き込まれるということになります」



覚悟はありますか?
ルサファは真剣な瞳をユーリに向けて確認を取る

それは軍人としての義務ではなく、人としての義務を感じた



「覚悟…」

「我々は軍人で戦場で命を落とす覚悟はあります
 ですが、民間人を保護している立場上
 貴方を危険に晒すわけには行きませんし、出来れば戦場にも…」

「戦争っ…そんなの怖い、怖いよ、当たり前じゃないか」

「………」

「でも、こんなところで立ち止まってても仕方ないよ
 どっち道あたしは地球軍では保護されても貴方と同じ扱いだもん
 だって、あたしもコーディネーターだからね」

「やはり…」



どうりで動きに違和感があるはずだ
オーブコロニーとは言っても、宇宙の端にある科学コロニー

ここは、本国であるオーブのモルゲンレーテから
技術能力が思わしくないナチュラルの科学者が集まる場所として知られていた

もちろん、今回のMS開発に当たって
地球軍の色に染まっているナチュラルの技術がある科学者が
少人数派遣されているが、本国の本当に有能な者が
この開発に加わっている訳もなく
コーディネーターであれば、間違いなくそのオーブ側の
有能なチームに所属しているはずだ

だとしたら、何故彼女はここにいるのだろうか?



「コーディネーターって言っても、オーブ国民だけど
 地球軍に取って見たら、あたしはザフトの軍人と変わらない」

「何故貴方はオーブに?
 コーディネーターならプラントに移住をした方が安全ですよ」

「あたしはプラントにはいけないよ、この年じゃ珍しいけど代一世代だから…」

「両親はナチュラルですか」

「それどころか、妹もお姉ちゃんもナチュラル
 あたしだけどう言う訳か、コーディネーターなんだよね」

「貴方だけ?何故ですか?」

「そんなの知らないよ、聞けないしね、そんなことさ」



今の世界はこんな状況で
ナチュラルとコーディネーターはいがみ合ってて
それで、何であたしをコーディネーターにしたの?って聞けるのさ

私は意気地なしだから、そんなの無理だよ
お母さんの寂しい顔はみたくないもん



「それにね」

「え?」

「あたし、ずっとオーブにいて、でも本当はおかしいって思ってたんだ
 外の世界は戦争なのに、何でここはこんなに平和なのかって
 本当の平和って、もっと違うって感じるんだ、こんな窮屈じゃないよ」



オーブは確かに平和で、戦争に介入しない

それは確かに素敵なことで、幸せな世界だと思うけど
現実は、あたしがのんびり空を眺めている間にも戦争は起こっていて
人はいつだって死んでいる時代

何で争うんだろうって思った
だって、同じ人なのに奪い合ったり、殺しあったりなんて
おかしいよ、変だよ

それにオーブのこのコロニーで地球軍のMSを作ってたのは事実で
今、私の目の前で平和が偽りだったと示された



「偽りの平和なんて要らない」



偽者の空も、草も、雨も、そんなの要らない
欲しいのはもっと別のものだから

何で争うの?なんて、子供じみた事を聞く気も問う気もないよ
そんな事を議論したところで、戦争はもう終わらない

話し合って終わるなら、本当に平和になるなら
もうきっと話あっているもんね

でも、それでもやっぱり争わない道を探して欲しいと願うのは
あたしの自分勝手な意見なのかな?

だって、ナチュラルだって、コーディネーターだって
同じように生きているんだ

例え、コーディネーターが身体能力や知能があったとしても
ナチュラルと全く違う生活をしているわけじゃない

空だって飛べる訳じゃない
超能力が使えるわけでもないじゃないか
特別なことが何一つ出来るわけじゃないのに…



「貴方は…」

「ん?」

「いえ、それより…」

ピーピーピー!!



アラーム音がコックピット内に鳴り響く
画面を拡大してみれば、こちらに数機のMAが近づいてきている



「気付かれたっ!」

「きゃ!」



ビームが飛んできたのをルサファは咄嗟に避けた

その予告もない衝撃にユーリは体を揺さぶられて小さく悲鳴を上げる

MSになんてもちろんさっきまでは乗った事なんてなければ
それ相応の訓練をしてきている訳じゃないユーリ

けれど、それを気にしていては、この状況を乗り切ることは出来ない

もう、こうなってしまっては、ユーリの意思とは別に戦闘へ入らず得なくなる
ルサファは謝るしかなかった



「すいません、どうやら少し荒っぽくなりますが…」

「平気だよ、もう覚悟は決まったから」



だから、戦って…
生きることを目標に今を切り抜けなければ、未来も望めない

ユーリはそう言って、成るべく強気に笑ってみせた
怖いなんていってる場合じゃないもん

あたしは生きるんだから



「わかりました」

「でも、さ…覚悟は決まったけど、これで勝てるの?」

「任せて下さい、これでも伊達にエースパイロットやってませんからね」

「わぁ!ルサファって優秀だったんだね!うん、でもなんか分る気がするよ」

「そ、そうですか?」

「って、照れてないで前!!前見てよっ!!」



どうやら地球軍の新鋭艦もMSの存在に気付いたようで
こちらに主砲を向けてくる

それを持っている盾で防ぐが、何分こちらにはエネルギー切れの心配がある
エネルギー残量と、敵の数を確認しながらルサファは戦わなければならない

もちろん、ユーリにも最低限の気を使わなければならない状態
正直、幾ら自分がエースパイロットとはいえ
最悪の場合も考えて置かなければならないと覚悟した



「あれ…」

「あれは!まさかこんな所で撃つつもりか!?」

「どうなるの?このコロニーは大丈夫だよね?」

「……くっ」



敵艦が強力な粒子砲をこちらに照準を合わせているのに気付いた
こんなところで撃てば、コロニーに穴が空き
かの悲劇、血のバレンタインのような惨状になってしまうだろう

コロニーを崩壊させる覚悟で
向こうもこのMSを一機でもザフトに渡したくないのだろう



「今のこの機体ではあれをどうすることも出来ません
 避けますが、いいですか?」

「コロニーは…」

「多分、崩壊するでしょう」

「嘘っ……!」



そして、次の瞬間に主砲から眩い光の線がこちらに向かって伸びてきている

ルサファは予告通り、それを避けた
そうでなければ、自分諸共、彼女を死なせてしまう結果になる

コロニーには大きな穴が空き、コロニー内にあった空気が
真空であった宇宙へ逃げ出そうと
勢いよく、まるでブラックホールに吸い込まれるように
風がその穴から外へ向かって出て行く

この戦線を離脱すべく、ルサファは咄嗟にその風の流れを利用しようと考えた

多少の衝撃を覚悟して置かなければならないだろう

ユーリにも一言、「ちゃんと捕まっていて下さい」と伝えると
ルサファとユーリを乗せたMSは宇宙へと旅立った

衝撃と共に深手を負った傷口からドッと血が溢れ出てきたが
ルサファの手はしっかりと操縦レバーを掴んだまま離さなかった

意識が朦朧としていく中にユーリの衝撃に堪える声が聞こえた…