勿忘草が謡いだす




後、幾つ年を重ねたら
貴方と同じものを見つめる事が出来るだろう
幼い私を抱きしめるその手に何度縋り付いたかな

見覚えのある景色を見ると
不意に込み上げてくるのは前世の私の記憶
二人が愛を語る春のこと
幾度あの星に助けられただろう

はっきりと今の私にも分るのは
愛を誓いあった熱く燃えるような夏の日
乾燥した大地の中で
私へと降り注ぐ愛の言葉は潤いを与えた

いっそのこと
前世の記憶など忘れてしまえたらと嘆いたこともある
だけど、大切なものを手放すことなど出来なくて
壊れ物を扱うように私の胸にそっと抱く

愛が秋の紅葉のように色づいて
押し留めることも出来ない幼い私の器を
貴方は大きな心で包み込んだ
溢れる涙さえも、その冷たい唇で掬い取る

真実が悲しみばかり教え
すれ違いを重ねたこともあったよね
お互い瞳を合わせない
だけど寝所で温もりを分け合った冬の夜
少し気まずかった

何故私だけが貴方を求めているのだろうか
貴方も私を探してくれているのかな?

考えれば考える程溢れ出てくる疑問に
ほんの少しでいいよ
答えが欲しい

いつも頼っていた貴方の腕がないのなら
今はその曖昧な答えに頼らせて
心が揺れて、折れてしまいそう、不安で仕方ない

今、貴方はどこか遠くの
小さな町外れの
小さな家に住んでいるのかな?
そう想像して
あまりに彼に似合わない光景に笑いが込み上げる

そんな小さな望みでいいんだ
思い出を繋ぎ止めたいだけで
もう期待なんてしていないのかもしれないね

だけど、ひっそりと貴方を思って弱音を吐く私の心を
誰も気付かないで
今はまだ諦めたくないから
誰も私を悟らないで
頑張らなくていいよなんて、言わないでね

(会いたいよ、カイル)




ユーリがどうにかしようと
取り合えず家族だけにでも知らせて置こうと
ラボから外へ出ようとした時には既に遅かった

建物を襲う振動
激しく揺れて、机の上のマグカップが床に落ちて割れた

中に入っていたコーヒーが
逃げ惑う人の足を滑らせ、余計に焦らせる

そんな中、先にこの地震の事情を知っていたユーリは
先ほど自分と向き合っていたパソコンからバックアップのデータを取る

今、ザフトが行動を起こしたばかりなら
最低限のデータをコピーすることも出来るだろう

ここには大事なデータだって
家族との思い出の写真だって入っている

ユーリの指がキーボードの上でスピードを上げた


「何が起きたんだ!?」

「ザフトが攻めて来たんだ!」


ザフトと聞いて、周囲は顔色を変える

やっぱり地球軍と聞くよりも
ザフトと聞く方が彼等ナチュラルにとっては怖いことなのだ

誰もいなくなってしまったラボにユーリは一人残り
後少しとパソコンを急かした

データを吸収し終わると
パソコンから小さなチップを取り出し
それを大事にケースにいれて胸ポケットにしまった

そして、いつも持ち歩いているノートパソコンを脇に抱えて
ここから最短で出口で出る方向へと走り出す

今ならまだ脱出用の住民区のポットは空いているだろうと
いつもは隠して置くコーディネーターの運動力をフルに使った

けれど、その途中で建物が何か大きな力によって上から潰され
出入り口が塞がれてしまっていた


「何でっ……」


まさか、この住民区の研究所まで襲ったの?

そんな嫌な予感が脳裏を掠めたが
ザフトのことだから何か理由があってこの場所を襲ったのだろう

この研究所は隣接して、モルゲンレーテがある

そして、これは本当なら知らないはずの情報だが
ハッキングを得意とするユーリは
この研究所とモルゲンレーテが地下で繋がっていることを知っていた

しかもそれが、避難用に小さな入り口ではなく
何か巨大なものを運ぶために
トラックさえも通り抜け出来る程の通路であることも…

もしかしたら
その何かがその通路によって運び出され
研究所も襲われる理由になっているのではないだろうか?

頭の中で研究所の地図を呼び出して、ユーリは進む

もうこの出口が使えないのなら
行く場所は一つで
モルゲンレーテから外へ抜け出すしかなかった

知り尽くした研究所の中を走る


「ゆうちゃん!」

「エイミ!?何でここに?
 お姉ちゃんのとこに行ったんじゃなかったの?」

「ううん、探しに行ったんだけど何処にもいなかったから…」

「そっか…」

「そ、外でザフトのジンがいて
 私怖くて中に逃げて来たんだけど…
 そしたら、研究所の出口も塞がっちゃってっ」


不安で泣きそうになるエイミの頭をポンポンと撫でてあやす
そして、姉として、エイミを励ました



「大丈夫だって
 こっちに行けばシャトルだってまだあるし、一緒に逃げよう?」

「……本当?まだポットあるかな?」

「あるよ、あたし知ってるもん」



得意げになって言う
すると、エイミは信じてくれたのか、顔をあげた

私はエイミの手を取って
モルゲンレーテのポットまで走る

こうなっては、ザフトが何を目論んでここを襲ったのか
確認することに気を取られてはいけない

エイミを守らなきゃいけなかった


「こっち」


次の曲がり角を超えれば
もう直ぐそこにモルゲンレーテの格納庫が見える

けれど、そこへ近づくにつれて
はっきりと聞こえる銃の音にエイミの顔が曇った

エイミは銃など持ったことも、扱ったこともないだろう

私はこのヘリオポリスへ来る前のオーブで少し習っていた

オーブとは言え
コーディネーターに全く差別意識がない訳ではなかったし
いつ反コーディネーター派である
ブルーコスモスが襲ってくるか分らないから
護身術は母や父が薦めてくれてたのだ

エイミはきっとそんな私の事情など
全く知らないのだろう

出来れば、知らない方がいい


「お、お姉ちゃん…」

「平気だよ」


銃の音が響く度に
ビクビクと震えるエイミの手をギュッと握って
私はモルゲンレーテへと繋がる入り口の直ぐ横にある
ポットの扉へと手を伸ばした

ピッとエレベーターのボタンを押すように
そのボタンに手を伸ばすとポットへと救助の要請を出す

けれど、中にいる人からはもうこのポットは一杯だと返事が返ってきた


「じゃあ、妹だけでもお願いします」

「………一人だけなら」


恐らく中にいるのは、モルゲンレーテの研究者達だ

ここで銃撃戦を繰り広げているのは
列記とした地球軍とザフトだろう

つまり、オーブは中立でありながらも
地球軍に何かしらにおいて手を貸していたと言うことになる

その事実がユーリには悔しくて堪らなかった

それと同時に
何も知らない無知の妹には知って欲しくないと
何も悟らせないようにした


「エイミ、シャトルに入って」

「や、やだっ!!一人でなんて…ゆ、ゆうちゃんはどうするの!?」

「私は平気だよ、だってコーディネーターだもん」

「で、でもっ…地球軍の人に捕まったら大変だよ?」

「まさか、いくら地球軍でも民間人の
 しかもオーブ国籍のコーディネーターには手を出さないよ」

「……で、でも」

「いいから、ね?先にオーブに行って待ってて」

「ゆうちゃん!!」


私は渋る妹を何とか説得させようとしたが
パニック状態になっているエイミに何を言っても通じない

けれど、後方で繰り広げられる銃撃戦は
ますます激しくなってきていた

ぐずぐずしてられない…

そう思って、私はいつもお守りにつけていたネックレスを
エイミに握らせて、無理やりシャトルの中に押し込んだ

すると扉は閉まり
エイミは無事にポットへと送られるだろう

一安心するが
そうのんびりもしていられない状況だと再び緊迫した表情になる

そして、そのモルゲンレーテの格納庫を見渡した


「嘘だ、こんなの……!」


ユーリは銃撃戦の酷い有様ではなく
目の前に横たわる二機の巨大なMS(モビルスール)に驚愕した

何でこんなものをここで開発しているの!?
あの噂は本当だったんだ…

地球軍がこのモルゲンレーテで開発を行っているのは本当だった

地球軍の主力兵器は今のところMA(モビルアーマー)だった
こんな高度のMSを操れるような技術はなかった

証拠にモルゲンレーテの制服を来てザフトと交戦をしている人達に
混じって、地球軍独特の青いスーツを着ている人が数人いた

あのスーツの形からして、恐らくそれのパイロットだろう
みんなが必死で彼等をMSに乗せようとしているが
ザフトも必死にそれを食い止めようとする

こんな辺境地であるヘリオポリスに
ザフトが攻め入ってきたわけもこれで分った
でなければ、何の得にもならない
まして敵を作るような真似までしてオーブ領のコロニーなど襲わないだろう

元々ザフトは穏健派が多く
自分たちを侵さなければ
こちらも攻撃はしないと言う姿勢であった

それをことごとく潰すのが
地球軍とブルーコスモスと言われる強硬派達

そこまでして、何故コーディネーターと戦争なんてしたいのだろう
その感情には憎悪が漲(みなぎ)っている

きっと、彼等ブルーコスモスは一般の民間人のコーディネーターさえも
認めはしないのだろう


「そんなの酷いっ」


ユーリは不意に零れそうになった涙を手の甲で拭い
そう小さく呟いた

パンパン

銃の音がユーリの近くで聞こえ、反射的に後ろに飛びのく
もうここは危険だ

ユーリは反対側の通路へと移動しようと走る
そこからまた、外に繋がる道を探せばいい
MSがここにあると言うことは、きっともっと戦闘は激しくなるだろうから

そんな時、誰かの声が聞こえた


「ルサファ!!」


悲痛な声につられて足を止めて、目を向けた
コーディネーターとして生まれた自分の視力は良い

それを探し、確認するまでにたいした時間は掛からなかった
もちろん、身を低くして
防御の体制は染み付いた護身術がそうさせた


「くっそ!」


ルサファと呼ばれた青年は銃が腹部に当たり、後ろへと倒れた
もう一人、悲痛に叫んだ青年は仲間が打たれた衝撃に
銃を乱射しながらMSの上へと飛び乗った
その上で銃を構えていた地球軍の銃を蹴り、そして発砲

一瞬、もう一度ルサファと言う人に目を向けたが
悔やむように目を瞑り、そのMSの中へと消えていく

その数分後、起動したMSの目が光り、ピクリと指が動いたかと思えば
上半身を起き上がらせて、その巨体を動かした


「凄い……」


こんなMSは見た事もなかった
ザフトで大量生産されているジンなんかよりも
ずっと効率の良さそうで、装甲が灰色から赤へと変わる

あまりの迫力にユーリは動けずにただそれを見つめていた

その一つは起動をすませると
まだ慣れないぎこちない動きで工場から外へと出て行った


「くっ……」

「あ」


MSにすっかり気を取られてしまっていたユーリを
現実へと呼び戻したのは、苦痛に耐える声

さっきあのMSに乗って行った人に
「ルサファ」と呼ばれていた人が撃たれた腹部を押さえ
起き上がろうと必死になった体を動かしていた

けれど、思い通りに動かない体は
上半身を起き上がらせることも出来ずに床へと上体を戻す

思わず彼が軍人だと言うことも忘れ、その銃弾の飛び交う中へ駆け出した
一つのMSが奪われたことによって地球軍はもはや諦めようと、
徐々に後退していく
ザフトの軍人がその僅かに残された地球軍を追い出そうと銃を撃つ

けれど、その時、ザフトには不運な事にも工場内のある一部から
爆発が起こった
それは連鎖反応のように誘爆を引き起こし、
すっかりモルゲンレーテは火の海へと化した

周囲の地球軍もザフトもその爆発に巻き込まれた者がいた
爆発を避けれた者は赤青に限らずにどちらも引き下がる他なかった

ユーリは一人ではこの
「ルサファ」と言う人を運べなく、
また まだ息があるのに関わらず放って行く事も出来ずに
彼の傍らに座り込んでいた手助けを求める声は爆発音によって
掻き消されてしまった為に、
その火の海となった場所にはユーリと彼しか残っていなかった


「もうっ」


軍人の癖に薄情なし!と叫んで、この体を内側からも外からも焼いていく
火から少しでも遠ざかろうと、彼の腕を自分の首へと回し、
半ば引きずる形で運んだ
けれど、大の男であり、軍人として鍛えられている彼を運ぶには、
コーディネーターと言えど、
男女の差が出てきてしまい足取りは覚束なく、またゆっくりだった
この状況でそれはまさに危険に身を晒すようなもので、
額に汗が焦りと熱さから流れた


「私など放って、っ逃げて、下さ…」


息も絶え絶えに彼は痛みに堪えつつも、ユーリにそう言った
しかし、それをユーリは由としない


「もしかしたら助かるかもしれない人を放って自分だけ逃げるなんて、
 あたしは絶対嫌だ」

「…く、はっぁ」

「貴方もね、死ぬことばっかり考えてないで生きること考えてよっ」


それじゃなくても重いんだから少しは自分を支えてくれと
ユーリは彼にそう言った

ルサファはユーリの言葉に
ジッと彼女の顔を見る

その言葉が彼女本心から来ているのだろうかと
ルサファは本気で考えたのだ

このコロニーに住んでいるのは
オーブ領ではあるがほぼと言って良いほどナチュラルばかりなのだから
そう思っても仕方ない

ナチュラルがコーディネーターを助けるなんて
この戦火が激しくなる現在では考えられない話だ


「よいしょ」

「何を…」


何をするんだ?とルサファは尋ねようとしたが
彼女はそうそうに自分を壁へ寄り掛からせて座らせると
目の前に横たわるMSへと駆け寄ったのだ

そして、その俊敏な動きで
その自分が奪取する予定であった機体の上へと上って行く

「無理だ」と
正直これから彼女がしようとしていることに対して思った

恐らく、彼女はあのMSで
この戦火の渦から逃げ出そうとしているのだ

けれど、軍養成のアカデミーで
OSについて学んだ自分でさえも
また特別にMSについて高度な技術を学んでこそ
やっと操れる代物だ

そう易々と彼女がもしコーディネーターであろうと
動かせるわけがない

けれど、どうだろう
そのMSの目が黄色く炎に揺られて光ったではないか…

ルサファは痛みも忘れる程に驚いた

MSを起動させ、それを起こす
きっと彼女はあのコックピットの中で
難しそうな顔をして、操作をしているのだろう

そう思うと、こんな状況ながら
ルサファに笑いが込み上げてくる


「早く乗って!」


そうして動作の確認をしていた為に意味もなく空を彷徨っていた手が
自分の方へと下りてくる
自分の何倍もの手が目の前に降りて来たことにルサファは動揺したが、
直ぐにコックピットを開けて、周囲の轟々と燃え立つ炎にも負けずに
彼女がそう叫んできた

ルサファは床を這うようにしてその手の上へと上ると、
ゆっくりと自分に負担を掛けない動作で
コックピットへと腕が動く
そして、自分の前に先ほどの少女が少し悪戯に笑っていた


「立てる?こっち移動して」


ルサファはよたよたと血が溢れる腹部を手で押さえながらも
コックピットへと移動した
狭いコックピットに二人が入るには狭かった
ルサファはコックピットに入るはいいが、どこに自分がいればいいのか
分らずに、困った顔をユーリに向けた

ユーリはどうしようかと一瞬悩んだが、怪我人を立たせるわけには行かないと
ルサファには思いもしなかった行動に出た


「はい、早く」



自分が座っているシートを譲り渡すのではなく、ユーリの上に横になって
座れと言うのだ

まさか、自分がこんな幼い少女の上に座らせられそうになるなんて…
ルサファは勘弁してくれと、冷や汗をかく



「だって、その怪我じゃ運転出来ないじゃない」

「この程度なら平気ですから…」

「本当に?」

「はい」



何故自分が下手に出なければならないのかルサファには分らなかったが、
彼女にはそうでなければならないと言う気がした
本能的に…

それからルサファの懸命な説得によって、ユーリはシートの後ろへ立ち、
ルサファがシートを座ることになった



「お名前を聞かせて貰っても宜しいですか?」

「あたし?あたしはユーリだよ、あなたは?」

「私はルサファです」

「そっか、宜しくね」



何処か互いに懐かしい響きに警戒心が晴れるような気がした

それは遥か昔の記憶
引き寄せる運命

蜘蛛の糸を辿る